ポンコツ夫のポンコツな嫁

ポンコツ夫とそのポンコツ嫁が人様に役立つために書く修行的なブログ

才能を伸ばせなかった発達障害者はどう生きれば良いのか

どうも米倉恵(@yonekurakei)です。

 

さいきん発達障害に対しての理解が深まったのか、その逆なのか

発達障害者には有名人が多いとか、大成した人物が多いなんていいますが

発達障害者が能力を活かして大成するには一定の条件があります

 

それは

 

幼少期からその子の個性を否定せずひたすら伸ばしてくれる保護者のもとに育ったかどうか

です。

 

個性を伸ばす教育なんてのもブームですが

あながち間違いではないんですね。

 

大多数の発達障害者は才能に気づけていない

例えば黒柳徹子さんなんかだと著書「窓際のトットちゃん」などで御本人が識字障害(発達障害の一種)だったことを公表していますが、その他の言動についても発達障害にみられる特徴を持っておられます。

 

子どもには安心して過ごせる環境が必要です。

「ありのままでいい」という自己肯定感は定型発達者・発達障害者にかかわらず必要です。

 

黒柳さんはお母様や「トモエ学園」の校長先生など周りの大人に恵まれたのですね。

「こうでなくてはならない」と決めるのはいつでも大人。

子どもの才能の芽をつぶさず「〜でなくては」的な考えに囚われない人はすばらしいです。

 

しかしこうした考えを持てる親がいれば、持てない親もかなり多いのが現実。

子どもの良いところを伸ばそうとせず大人の都合に合わせようとします。

わたしの親もいわゆる毒親だったので、わたしという子どもを一人の個人として見ることができなかったのでしょう。

彼女にとって子どもは愚痴を言う相手だったし、家族で飼っていた犬が死ねば子どもより先に泣く立場。自分が得られなかった地位やお金を期待されていることを感じましたし、子どもは大人の言うことをきくものだと言わんばかりで、反抗しようものならドスの利いた声で唸られ、元々気の弱い私は萎縮するしかありませんでした。

まあ、そんな環境ではのびのびと長所や個性を育ててもらうことは縁遠いのはだれでもわかります。

一芸に秀でていても、うちの母のように学校をいい成績で出ていい会社に入ることを望んでいたら、子供としてはそれは良くないことなのだと思ってしまいます。

才能を見出すチャンスがなかった発達障害者はどうすればいいか

当然、そういう問題にぶち当たります。

他でダメダメなんだから、せめて一つの才能をこどものころに見つけておき、うんと伸ばすべきだったのが、そのチャンスを完全に失ってしまった自分がいるわけです。

ダメなところだけを否定されつづけてきたので、自己肯定感はもう最低。脳の報酬系も弱いですしね。

コミュニケーションはとれない、空気は読めない。「より普通であること、色んなことが平均的にできること」を求められる社会ではよほど突き抜けた何かがないと「ダメなヤツ」のレッテルを貼られて終わりです。

 

発達障害で苦しむわたしが出来ることをやるしかない、それは医者へ行くこと

わたしも例外なく悩んできたのですが(それでも仕事が続かないと言われる人よりかはまだマシなのかもしれませんが)、結論としては「一回医者に行ってみよう」ということです。

 

すでに鬱など二次障害が出ている人には「何だそんなことか」と思われると思いますがわたしのように「なまじ仕事選びを間違えなかったおかげで、生きづらさを抱えながらもなんとかやってこれた」人間は、間違えてない仕事をやりながらもずっと悶々としています。

デザインは「レイアウト」「色」「フォント」「キャッチコピー」などから構成されます。

私は広告デザインの分野では一定の才能を発揮しているとは感じますが、これらのうち「レイアウト」の才能「だけ」は朝飯前にできるという自負があります。

ところが、商業広告は自己満足で良いアートではありません。商品を売る、告知する、認知させるといった商業的な役割を果たすにあたり、それだけではだめなのです。

わたしはフォントについてはまあまあ、色についてはからっきしです。

 

また、この業界で(も)フリーランスになるにはコミュニケーション能力が必須です。

弁の立つ多動タイプの発達障害者もいますが、私は「自分が今この瞬間、主張したかったことですら忘れてしまう」ので、クライアントのところに打ち合わせに行っても聞きたいことがわからないことはほぼ毎回で、大したことを打ち合わせできず何をしてきたかわからないことばかりです。

そうなるとおのずと「営業が打ち合わせしてきた内容をカタチにするだけ」の、そのうちAIに取って代わられる仕事をするしかなくなります。クリエイティブの本来の目的である、クライアントの困りごとを広告企画の内容で解決する事はできないです。そこには仕事の面白みは生まれませんし、ましてや社内でデザイナーを統括するような立場や、フリーランスは厳しいくなります。つまり一生労働者なのです。

 

ならばもう医者へ行くしかない、と。

グレーゾーンの発達障害者かもしれない私でも新しい発見があるかもしれない。意外とグレーじゃないかもしれない。

 

実際に行ったらまた記事にしたいと思います。